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名古屋地方裁判所岡崎支部 昭和42年(ワ)20号 判決

原告 岐阜信用金庫

右代表者代表理事 松原嘉一

右訴訟代理人弁護士 山田丈夫

右同 東浦菊夫

被告 岡崎信用金庫

右代表者代表理事 沢田幸二

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し別紙目録記載の約束手形についての異議申立提供金が、碧南高浜手形交換所より被告に返還されることを条件として、金三〇〇、〇〇〇円を支払え、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

一、訴外高松嘉幸は、昭和四一年七月五日訴外株式会社大和電気工務店に宛て別紙目録記載の約束手形一通を振出交付し、原告は同訴外人よりこれの裏書譲渡をうけた。そして原告は右手形の所持人として支払期日に支払場所に呈示して支払いを求めたがこれを拒絶された。そこで原告は右訴外人を被告として当裁判所に右約束手形金請求の訴訟(当裁判所昭和四一年(手ワ)第九六一号)を提起し、原告勝訴の判決を受けた。

二、しかるところ、右支払拒絶の際、右訴外人は手形交換所よりの取引停止処分を免れるために、いわゆる手形の返還銀行である被告に対し、右手形金額に相当する現金三〇〇、〇〇〇円を預託して不渡届に対する異議申立を依頼したので、被告はこれを碧南高浜手形交換所に提供して右異議の申立をした。

三、そこで、原告は右約束手形金債権を保全するため当裁判所に対し、右訴外人の被告に対する右預託金返還請求権の仮差押命令の申請(当裁判所昭和四一年(ヨ)第一、七四六号債権仮差押命令申請事件)をなし、右仮差押決定を得、その正本は昭和四一年一一月一日ころ、債務者である同訴外人と第三債務者被告に送達された。その後、原告は前記勝訴判決を得たのでこれに基き同裁判所に右債権の差押並びに取立命令の申請(当裁判所昭和四一年(ル)第八九四号、同(ヲ)第一、〇八九号債権差押並びに取立命令申請事件)をなし、前記仮差押債権につき債権差押並びに取立命令を得、右正本はいずれも昭和四一年一二月三日債務者である前記訴外人と第三債務者被告に送達された。

四、右預託金は、訴外高松において事件終了後、被告が手形交換所より異議申立提供金の返還を受けた後、はじめて被告にその返還を請求し得るものであるが、被告は、右預託金返還請求権について、自己の債権のために担保権を有する旨主張し、手形交換所より異議申立提供金の返還を受けた後も、右預託金を返還しない態度を表明している。したがって原告はあらかじめこれの給付判決を得ておく必要があるから、被告に対し請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。

と述べ、

被告の抗弁を否認し、仮に被告主張のような質権設定契約があったとしても、(一)右は被告と訴外高松との間における通謀虚偽表示によるものであるから無効というべきである。(二)仮にしからずとするも右預託金は本件差押の原因となった手形の不渡処分を免れるため異議申立提供金の資金として被告に預託されたものであるから、右預託金返還請求権に対する質権設定は手形の所持人である原告に対抗できない、と述べ(た。)立証≪省略≫

被告信用金庫代表者は主文同旨の判決を求め、答弁として請求の原因事実は全部認める、と述べ、

抗弁として、被告は昭和四一年八月二七日訴外高松嘉幸との間で貸付元本極度額を金六〇〇、〇〇〇円とする手形取引契約を締結し同日同訴外人に対し金六〇〇、〇〇〇円を手形貸付の方法により貸与したのであるが、昭和四一年一〇月二七日同訴外人より原告主張の不渡手形の異議申立提供金の資金として金三〇〇、〇〇〇円の預託を受けた際、右預託金の返還請求権について前記取引契約に基づき発生する被告の債権を担保するため、右訴外人との間で極度額を金三〇〇、〇〇〇円とする根質権の設定契約を結びその旨の確定日附ある担保差入証の交付を受けた。したがって右根質権の消滅しない以上、預託金の返還義務はないから、原告の請求は失当である、と述べ(た。)立証≪省略≫

理由

請求の原因事実については、いずれも当事者間に争いがない。

そこで被告の抗弁について判断するに≪証拠省略≫によると被告は訴外高松嘉幸とその主張のような手形取引契約を結び、同訴外人と金融取引をなして来たが、昭和四一年一〇月二七日右訴外人より原告主張のごとく異議申立提供金の資金として金三〇〇、〇〇〇円の預託を受けた際、確定日附ある証書をもって右預託金の返還請求権について同訴外人より前記手形取引契約に基づき発生する被告の債権を担保するため、極度額を金三〇〇、〇〇〇円とする根質権の設定を受けその旨の担保差入証の交付を受けたことが認められ、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

原告は、右根質権設定契約は、被告と右訴外人間の通謀虚偽表示によるものである旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はないから、右主張は採用しがたい。

次に原告は、仮に被告主張のとおりであるとしても、右預託金は本件差押の原因となった手形の不渡処分を免れるため、手形交換所に対する異議申立提供金の資金として被告に預託されたものであるから、これの返還請求権に対する根質権の設定は、右手形の所持人である原告には対抗できない旨主張するので、この点について考えてみるに、本件の預託金が原告主張のような趣旨のもとに被告に預託されたものであることは原告主張のとおりである。しかしながら右はその性質上、被告と右訴外人の間において形式的には右手形の返還銀行(支払担当者)である被告が、不渡届に対する異議申立の際、その出損において手形交換所に提供すべき異議申立提供金を実質的に右手形の支払義務者である同訴外人に負担させる目的からその資金として同訴外人に預託させたに過ぎないのであるから、手形交換所より異議申立提供金が返還された際においても特約がない限り被告としては、右預託金をもって不渡手形の支払いに充てる義務はないし、またこれによって手形金の支払いが担保されるわけではないのである。したがって、右預託の際、被告が預託者である前記訴外人をして前記のごとく預託金返還請求権について自己のための根質権を設定せしめることは、なんら差しつかえがなく、被告は右根質権をもって差押債権者である原告に、当然対抗できるものというべきであるからこの点についての原告の主張も、また採用しがたい。

してみると、手形交換所より異議申立提供金の返還があった後においても、右根質権が消滅しない以上、その効力として、被告は原告に対し、前記預託金の返還を拒み得ることもちろんであるから、原告の請求は失当というべきである。

よって訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 桜林三郎)

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